ごくごく平凡なお父ちゃんの雑記帳です。主に漫画とゲームと育児がメイン・・・なのか?!
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先日の季節はずれの台風が去ってから
それまでの蒸し暑さがウソのように
朝晩がめっちゃ寒くなって「風邪」をひいてしまったはたのです。



げほっげほっ!!

ああっ、咳がとまらないっ。・゚・(ノД`)・゚・。

・・・龍角散ぷりーずっ!!



さて今日は散歩の途中でよく立ち寄る場所シリーズです。



↓続きます。
そこは・・・


「高知城」です。
追手門
これは登り口にある「追手門」(おおてもん)です。


ここは
我が家から歩いてだいたい20分強くらいの高知市の中心部にあります。



早朝の6時ごろに上ると天守閣前の広場で
ラジオ体操している光景によく出くわします。


今回は「天守閣」にも登るのがお目当てなので
開城している昼間に登ります。



お城の公園内にある県立図書館前の
↓山内一豊(やまうち かつとよ)公像
一豊公
(名前の「一豊」の読みは一般的には「かずとよ」で通っていますが
文献によると「かつとよ」が正しいとされています)


2006年の大河ドラマ「功名が辻」
全国的にもその名が広まりましたね。

一豊公は尾張(名古屋)の出生ですが
各地を転々としながらも地道に戦功を挙げ最後は土佐の大名となった

ある意味戦国の「苦労人」です。




私も本家が名古屋にあり
縁あって高知に住んでいますので
なんだか妙な親近感を覚えます(^^ゞ



そして追手門をくぐってちょっと登ったところにある



一豊夫人の「千代」像。
千代

「賢母」として夫を陰から支え
貧しいながらも貯めた「へそくり」で「名馬」を一豊に買った事はあまりに有名。
まさに「内助の功」ですね^^




・・・しかし、こんなにできた奥様ですと
旦那は頭が上がらないですねぇ(;´∀`)アハハ・・・







ちょっと勾配のきつい階段を上がっていくと・・・






天主閣が見えてきましたよ!
天守閣




更に登りきった場所にある広場を抜けて・・・





「詰門」(きつもん)といわれる外敵を迂回させる門の上の通路をぐるっと回って





ようやく到着です!!
入城料400円也。
近くで


元々「長曽我部元親」もこの地に
一度は城を築いたもののあまりの水害の多さに嫌気がさして
放棄したという逸話があります(^_^;)



関ヶ原の合戦で西軍に味方し排除された元親に代わって
土佐に入った一豊は
広い城下町を築く必要性があった為、治水に力をいれ
再びココに城を築いたのです。











その築城にあたって山内氏に反発し
まだ暗躍する長曽我部の残党の襲撃をおそれた一豊は
5人の影武者を連れて築場現場を視察したそうです。影武者
(↑は天守の中に展示してある模型です)







天守頂上から
高知市中心部を見た景色です。
天守閣から




夫婦で手に手を取り合って
やっと叶えた念願の「一国一城の主」の座。

ドラマのように彼らが
本当に仲睦まじい夫婦だったかどうかは分かりませんが(苦笑)

一豊公と千代、二人の「夢のカタチ」
こうして今も城として残っているのはなんだかロマンチックですねぇ(*´ω`*)






それではまた~(´∀`*)ノシ 

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そこは・・・


「高知城」です。
追手門
これは登り口にある「追手門」(おおてもん)です。


ここは
我が家から歩いてだいたい20分強くらいの高知市の中心部にあります。



早朝の6時ごろに上ると天守閣前の広場で
ラジオ体操している光景によく出くわします。


今回は「天守閣」にも登るのがお目当てなので
開城している昼間に登ります。



お城の公園内にある県立図書館前の
↓山内一豊(やまうち かつとよ)公像
一豊公
(名前の「一豊」の読みは一般的には「かずとよ」で通っていますが
文献によると「かつとよ」が正しいとされています)


2006年の大河ドラマ「功名が辻」
全国的にもその名が広まりましたね。

一豊公は尾張(名古屋)の出生ですが
各地を転々としながらも地道に戦功を挙げ最後は土佐の大名となった

ある意味戦国の「苦労人」です。




私も本家が名古屋にあり
縁あって高知に住んでいますので
なんだか妙な親近感を覚えます(^^ゞ



そして追手門をくぐってちょっと登ったところにある



一豊夫人の「千代」像。
千代

「賢母」として夫を陰から支え
貧しいながらも貯めた「へそくり」で「名馬」を一豊に買った事はあまりに有名。
まさに「内助の功」ですね^^




・・・しかし、こんなにできた奥様ですと
旦那は頭が上がらないですねぇ(;´∀`)アハハ・・・







ちょっと勾配のきつい階段を上がっていくと・・・






天主閣が見えてきましたよ!
天守閣




更に登りきった場所にある広場を抜けて・・・





「詰門」(きつもん)といわれる外敵を迂回させる門の上の通路をぐるっと回って





ようやく到着です!!
入城料400円也。
近くで


元々「長曽我部元親」もこの地に
一度は城を築いたもののあまりの水害の多さに嫌気がさして
放棄したという逸話があります(^_^;)



関ヶ原の合戦で西軍に味方し排除された元親に代わって
土佐に入った一豊は
広い城下町を築く必要性があった為、治水に力をいれ
再びココに城を築いたのです。











その築城にあたって山内氏に反発し
まだ暗躍する長曽我部の残党の襲撃をおそれた一豊は
5人の影武者を連れて築場現場を視察したそうです。影武者
(↑は天守の中に展示してある模型です)







天守頂上から
高知市中心部を見た景色です。
天守閣から




夫婦で手に手を取り合って
やっと叶えた念願の「一国一城の主」の座。

ドラマのように彼らが
本当に仲睦まじい夫婦だったかどうかは分かりませんが(苦笑)

一豊公と千代、二人の「夢のカタチ」
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【2011/05/15 19:30】 | ご当地記事
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